十国春秋卷八十九 吳越十三 僧彌洪

僧彌洪

  • 僧弥洪はもとより道行があり、開運元年(944年)、杭州の煙霞洞の口に庵を結ぶと、神人がこれを指して「山の後ろに勝蹟がある。どうしてこれを顕さないのか」と言った。弥洪はやがて洞内に石刻の羅漢六体を見つけ、そこでこれを虔んで祀った。已にして弥洪が死ぬと、忠懿王があるとき夢で僧が「我ら兄弟は一十八人あるが、今はまさに六体しかない。王よ、どうか我らのために聚めていただきたい」と告げるのを見た。王は夢から覚めて侍臣に命じて洞を訪ねさせ、そこで一十二体の像を補い刻み、夢に符合させたという。