十国春秋卷八十八 吳越十二 列傳 顧規
顧規
- 顧規はもと蘇州の玉工である。広陵王の元璙は常に便室にて玉を解かせていた。元璙はしばしば術士の朱景環を召して奇禽遁甲の事を問うたが、規は生来頴悟で、時々こっそり聞いてはこれを記していた。ある日、記したものをもって景環に質すと、景環はこれに学を授け、規はよってその伝をことごとく得た。忠献王が常に親しく五廟に饗しようとしたとき、規は上書してすぐさま「翌日の漏(水時計)が下って五鼓の前が利ろしいでしょう。もし寅の刻を用いようとするなら、南の門を閉じて出入りしてはなりません」と言った。翌朝、王は寅の刻に南門から車を出そうとすると、たまたま鎖の錠が忤(さから)い、久しく開かなかった。ついに鑰(かぎ)を破って出た。これによって名を知られ、忠献王は擢んでて軍師とした。