十国春秋卷八十七 呉越十一 列傳 裴堅
丞相としての善政
- 裴堅、字は廷実、湖州の人である。父の光庭は官を累進して中書令に至った。休咎(吉凶)をよく言い当てる術士の張景嵗という者があり、紙に大きく「怠」の字を書いて光庭に贈ったところ、十日も経たぬうちに果たして台州刺史に左遷され、そこで大いに善政の誉れを得た。堅は幼くして聡明で文章に巧みであり、成長すると人物を見抜く鑑識眼を備えていた。文穆・忠遜・忠懿の諸王に仕え、多く善政を施し、政令に一定の方針があった。官を累進して礼部尚書・中書令に至り、呉越国丞相を拝した。広順二年九月甲寅の日に没した。享年五十六。諡を文憲という。