十国春秋卷八十六 呉越十 列傳 唐仁恭
唐山県令としての善政
- 唐仁恭、その先祖は晋昌より餘杭に移った。唐の天復年間、建威推官の希顔という者があり、これが仁恭の父である。仁恭は文穆王に仕えて唐山県令となり、有能との評判があった。子の渭は宋に仕えて職方郎中の官に至った。
史論
- 論に曰く:仁章は道義において私に随うことがなく、徳安は忠をもって主に仕えた。文穆王の位の授受にあたって、仁章はその始めを正し、徳安はその終わりを正した。その大義の断然たること、いにしえの名臣といえどもこれに何を加えられようか。師従は王の身を保全し、豫且の網に身を投じた魚のように危難の中にありながら、長寿を全うすることができた。まことに当然のことである。仁恭は良吏の才を独占し、一つの邑を撫循したのであるから、まさにいわゆる「豈弟なる君子は民の父母」という者ではなかろうか。