十国春秋卷八十五 呉越九 列傳 童頵

西扇都巌将としての功

  • 童頵、青溪の人であり、もとより勇力があった。武肅王の時代に大いに勤労を著し、西扇都巌将を拝した。王は誥を賜って言った、「制。左軍同十将にして西扇都巌将に充てる童頵は、早くから轅門(軍門)に係わり、久しく巌界に居って、幾星霜を経ても警戒監視を怠らなかった。寡人は自ら大業を継いでより、広く恩沢を施しており、その勤めと疲労を顧みて、当然昇進を示すべきである。よく先の功績を固め、さらに後の恩賞を期待させよう。銀青光禄大夫・検校太子賓客兼監察御史・上柱国に任じ、十将の職はもとのままとする」と。没すると、青渓仁寿郷に葬られた。