十国春秋卷八十五 呉越九 列傳 孫琰
「孫百計」と蘇州守城
- 孫琰、臨海の人であり、驍勇で智謀があり、当時の人々は彼を「孫百計」と呼んだ。功を積んで牙将となり、蘇州を守った。天宝二年、淮南の将周本・呂師造が蘇州を包囲し、あらゆる攻め方を尽くして休むことがなかった。最後には洞屋(攻城用の覆い付きやぐら)を推し進めて城を攻め、それはまるで幔幕を覆うようであった。琰は臨機応変に応戦し、竿の先に輪を置き、綱を垂らして錐を投げてこれを引っ掛けたので、攻める側はすべて姿をさらす羽目になった。砲が至れば網を張って砲を防ぎ、網に当たるとその都度止まって、ついに何の効果も上げられなかった。淮南の兵はそこで夜のうちに逃走した。