十国春秋卷八十五 呉越九 列傳 司馬福

蘇州籠城の水中連絡

  • 司馬福、蘇州の人である。初め武肅王の水軍に属して遊奕都虞候となった。天宝二年、淮南の人が蘇州を包囲し、内外の連絡が絶たれ、王が援軍を送っても消息が伝わらなかった。福は水中に三日潜り、城内に進んで報告を得て再び出て、援軍はついに城中の弓矢と呼応することができた。この戦いでは、淮南の人が水柵で城を取り囲み、鈴を網に結びつけて水底に沈め、潜行する者を断つようにしていた。福は水泳に巧みで、まず巨大な竹でその網に触れさせ、淮南の人が鈴の音を聞いて網を引き上げようとするその隙に城中へ通過した。出るときも同様にした。人々はみな彼を神業と見なした。福はもともと髭が多かったが、この頃には髭を切り落とし、占い師の姿に変装したので、敵はついに彼を見分けることができなかった。都指揮使に昇進した。武肅王が呉江に城を築き軍鎮を置くと、福にこれを主管させ、そのままその職において老いた。