十国春秋卷八十五 呉越九 列傳 朱行先
静海鎮遏使としての十五年
- 朱行先、字は蘊之、海塩の人である。燕のような頷(あご)、虎のような頭、猿のような長い腕を持ち、弓射に巧みで、当時の人々は彼を「小由基」と称した。建寧都将として身を起こし、湖州刺史の高彦に仕えて、しばしば戦功を立てた。武肅王は彼を節度左押牙・親衛第三都指揮使に抜擢した。彦の子の澧が敗れた際、行先は部衆を率いて自ら帰服したので、協力勤王功臣の号を賜り、再び佐正匡国功臣を加えられ、検校尚書右僕射・御史に秩を進めた。ほどなく静海鎮遏使となり、鎮において恩威をともに行き渡らせ、その声誉は甚だ著しく、都合十五年を務めた。宝大元年七月、任地で没した。享年七十二。銀青光禄大夫・上柱国を贈られた。弟は三人、行存・行勤・行忠。子は從訓・智紹(いずれも仕えず)、元晟・元杲(いずれも節度正散将)、元昇(節度下将)、元寳・元勝・元贇、合わせて八人である。