十国春秋卷八十三 呉越七 列傳 仁惠夫人許氏

𢎞佐を養う

  • 仁恵夫人許氏は名を新月といい、台州の人である。音律を雅(つね)に善くし、文穆王の後庭の楽部は悉く夫人に命じてこれを掌らせた。当初、魯国夫人が孝献世子を生み、侍御(侍女たち)はみな夫人を尊礼していたが、女僧の契雲という者が香火を麗春院で司っており、能く人を知ると号していたが、ここに至って夫人に語って言った、「あの鄜夫人は遠く及ぶところではありません。夫人はどうか自愛なさいませ」。文穆王が位を襲うと、勅して呉越国夫人に封じた。開運二年、薨じ、年四十四、諡して仁恵とした。