十国春秋卷八十三 呉越七 列傳 恭穆夫人馬氏

文穆王に子を得させる

  • 恭穆夫人馬氏は安国県の人である。父の綽は雄武軍節度使であった。綽ははじめ旧恩により武粛王の女弟(妹)を娶っていたが、まもなく武粛王は再び文穆王のために綽の娘を娶らせた。これが夫人である。夫人は性が聡慧で職務に勤め、武粛王は常に宮中で声伎(歌舞の妓)を畜(やしな)うことを禁じていたが、文穆王は年三十を過ぎても子がなかった。夫人がこれを請うと、武粛王は喜んで言った、「我が家の宗祀は、幸いにもお前が主として司ることになろう」。そこで文穆王が緒姫の鄜氏を納れることを聴し、鄜氏は𢎞僔・𢎞倧を生み、許氏は𢎞佐を生み、呉氏は𢎞俶を生み、衆妾は𢎞億・𢎞偓・𢎞仰・𢎞信を生んだ。子らが成長すると夫人はみな均しく養い、常に銀の鹿を帳の前に置いて群児を上に坐らせて弄び、喜びの色を顔に動かした。初めは越国荘睦夫人に封じられ、天福四年、薨じ、年五十。勅して諡して恭穆とし、衣錦軍の慶僊郷良山村に葬った。