十国春秋卷七十六 楚十 列傳 僧洪道

召に応ぜず山に隠れる

  • 僧洪道は、いずれの地の者か分からない。内外の諸典に通じ、道行はことに高く、当時の人々に重んじられた。天福年間、衡州石羊鎮の山谷に住んでいたが、文昭王(馬希範)はその名を聞き、召して報慈の住持とした。
  • 洪道は召に応じず、王はぜひこれを招きたいと望み、使者が路上に相い望むほど(幾度も遣わされる)であった。洪道はそこで弟子たちを率いて深山の中に転じ移り住んだところ、たまたま多くの鳥が和して鳴きながらこれについて行き、人々はついにその居処を踏跡して探し当てた。
  • 人々は再拝して言った。「大王は師とお会いしたいと願っておられます。今、召命に応じられず巌谷に遯(のが)れ入られたのでは、和尚はご自分の思うところを得られたとしても、符檄が重なって至り、百姓が繹騒(ざわめき)するのをどうしましょう。」洪道はうなずいて言った。「私はそなたたちのために行こう。」
  • 府に着くと、王は国師の礼をもって遇した。しばらくして、しきりに山に帰ることを乞い、その後の消息は分からない。
  • はじめ洪道が山に入った時、虎が山にうずくまって二頭の子を乳していたので、弟子たちはみな大いに驚いたが、洪道は呪して言った。「恐れるな、彼らはまもなく移り去るだろう。」言い終わると、虎は二頭の子をくわえて出て行った。