十国春秋卷七十五 楚九 列傳 朱葆光
北望して二十年慟哭する
- 朱葆光は、その先祖は京兆の人であったが、家を南陽に移した。朱氏(朱全忠)が唐を簒うと、葆光は顔蕘・李濤らとともにまた家を携えて湖南に来て、潭州に僑居した。元会(元旦の朝賀)や長至節(冬至)に遇うごとに、必ず衣を整えて南嶽祠の前に立ち、北を望んで号慟することほとんど二十年に及んだ。後に李濤が中原に帰ると、葆光はそこで衡山に卜築(占って住居を定める)して家とした。
- 長沙が陥落すると、子の昂は宋に入り、官は工部侍郎に至った。昂は若い頃、熊若谷・鄧洵美と同学した。当時、朱遵度は群書を博く極め「朱万巻」と号されており、これによって昂を「小万巻」と目した。顔蕘もまた湖南に没し、常に自ら墓誌を草して交遊の得失を序した。