十国春秋卷七十五 楚九 列傳 陶英

昭州の山中に隠れる

  • 陶英、字は世民。代々青州の人である。唐末、累進して太尉となった。天祐二年、上書して時事を言い、時政を指斥(批判)したことで梁王朱全忠の逆鱗に触れ、これにより征南将軍を授けられ、兵八万を領して昭州に出鎮させられ、これによって疎んじられた。翌年、唐が亡ぶと、英は禍を懼れて昭州の誕山に隠れ、家を挈れてそこに住んだ。武穆王が開国すると、英は跡を絶ってこれと通じなかった。同時に李太尉という者があり、後に英と代々姻を締んだ。人はその山下の峒を名づけて「陶李峒」と呼んだ。