十国春秋卷七十三 楚七 列傳 劉昌魯

高州刺史から楚へ帰順

  • 劉昌魯は鄴の人である。唐の僖宗の時、黄巣が嶺南を侵すと、昌魯は高州刺史となり、群蛮を率いて険阻に拠ってこれを拒いだ。黄巣の衆はあえて入らなかった。唐はその功を嘉し、本州の防禦使に擢用した。
  • 南平王劉隱が嶺南を併有するに及び、弟の劉陟に高州を攻めさせ、また幾度も昌魯を召してその家を籍没しようとしたが、昌魯はそのたびにこれを大いに破った。しかし自ら劉隱の敵ではないと見積もり、そこで血を刺して書を武穆王に致し、事態の危急を詳しく述べて王に帰属することを請うた。
  • 王は大いに喜び、捉生指揮使の張可求を遣わし、兵馬を界首に部轄させて応接させ、三千余口が来帰した。この時、王は姚彦章に命じて龎巨昭を容州に迎えさせ、また彦章に高州に至って可求を早く出発させるよう促させた。
  • 昌魯が長沙に至ると、王は永順軍節度副使に署した。まもなく官にて卒した。