十国春秋卷七十一 楚五 列傳 衡陽王夫人楊氏
衡陽王夫人楊氏
- 衡陽王夫人楊氏は長沙の人である。武穆王の時、父の楊謚は節度行軍司馬であった。夫人はその中女(次女)である。
- 衡陽王が位を嗣ぐと、謚の子昭憚は夫人の縁故によって衡州刺史に抜擢された。自らは戚里(外戚)に連なることをもって財貨を積み大邸宅を建て、二子はともに牙内都将となり、若くして富み権勢をたのみ、下の者に対して驕り高ぶった。士大夫の多くはこれを憎んだ。
- 長沙で兵乱が起こった際、指揮使の陸孟俊は怒って「楊氏は寵をたのんで義を滅ぼし、国の患いとなること久しい」と言い、その一族を皆殺しにした。夫人は結局その最期を知られなかった。