十国春秋卷六十五 南漢八 列傳 林楚材

林楚材

  • 林楚材は、もと番禺の布衣(庶民)であった。その素性がどのような人物であるかは分からない。
  • 大寶の末、稲田が海中から浮かんで魚藻門の外に上がってきたことがあり、民が集まってこれを見物した。楚材はこれを見て嘆いて言った、「水魚湫湫(すいぎょしゅうしゅう)たり、南時(なんじ)」と。好事の者がその言葉を記録していた者があった。
  • 宋軍が至り、潘美が都部署となるに及んで、初めてそれが「潘」の字を指していたのだと悟った。