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十国春秋卷六十四 南漢七 列傳 簡文會
簡文會
簡文會は南海の人である。乾亨元年(917年)、南海を分けて咸寧・常康の二県とし、これによって咸寧の人となった。簡文會は幼くして穎異(聡明)で詩を能くし、性は耿直(実直)であった。高祖が初めて進士科を開くと、擢んでられて第一人に及第し、官を重ねて尚書右丞に至った。乾和年間、中宗の暴虐酷薄を切に諫めたところ、中宗は大いに怒り、禎州刺史に左遷した。簡文會は民事に尽力し、その官所で卒した。居住した里には簡状元井がある。
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