十国春秋卷六十一 南漢四 列傳 萬王𢎞操
萬王𢎞操
- 𢎞操は高祖の第九子である。𢎞澤らとともに同日に萬王に封ぜられた。数年の後、交州の牙将皎公羨が楊廷藝を殺して自立したが、廷藝の旧将呉権が兵を挙げて交州を攻めた。公羨は懼れて敵しがたく高祖に師を乞うた。高祖は𢎞操を静海節度使とし、交王に徙封して白藤に出兵させ、自らも兵を率いて海門に駐まった。折しも権はすでに公羨を殺し、海口に迎え撃つべく先んじて鐡橛を海中に植えた。権の兵は潮に乗じて進み、また偽って遁走して𢎞操を引き寄せた。𢎞操は勢いに乗じてこれを追ったが、潮が退いて舟が戻るとき、橛にあたった船はみな覆り、𢎞操はついに大敗して溺死した。