十国春秋卷五十七 後蜀十 列傳 申天師

道術

  • 申天師は唐の玄宗の裔である。青城山に道を修め、奇験があった。広政末年、後主はたいそう苑囿の奇花異卉に情を耽らせ、盛んなること一時に極まったが、天師はそこで紅梔子の種を二粒進めた。その花は斑紅で六出(六弁)であり、香気は人を襲うほどであった。後主は大いにこれを愛重し、団扇に図写させ、衣服に繍わせ、あるいは絹索と鵞毛で首飾りを作らせ、「紅梔子花」と号した。天師に束帛を賜る詔を下したが、天師はすぐに手にしたそばから散らしてしまい、ついにその行方は分からなかった。天師は『怡神論』若干巻を著した。一説には名を迅というともいう。