十国春秋卷五十七 後蜀十 列傳 胡韞

術数

  • 胡韞は天官の学に精しく、明徳の初め司天少監を除せられた。
  • 明徳三年、たまたま熒惑(火星)が積尸(星宿の名)を犯した。後主は積尸が蜀の分野に当たるとして、これを恐れ禳おうとし、韞を召して問うた。韞は答えて言った、「十二次を按ずるに、井五度より柳八度に至るを鶉首の一次とし、鶉首は秦の分野です。蜀は秦に属すとはいえ、極南の表にすぎません。前世に火が鬼宿に入ったとき、その応は多く秦にありました。晋の咸和九年(334年)三月、火が積尸を犯し、四月に雍州刺史郭権が殺されました。義熙十四年(418年)、火が鬼宿を犯し、翌年雍州刺史朱齢石が殺されましたが、蜀にはどちらも何事もありませんでした。」後主はそこで禳うことをやめた。