十国春秋卷五十六 後蜀九 列傳 髙從遇

生涯と画業

  • 髙從遇は成都の人で、道興の子である。高祖父子に仕えて翰林待詔となり、つねに宮中の大安楼の下に天王対仏の図を描き、甚だ奇偉であった。
  • 子の文進は、仏道を画くことに巧みで、深く曹(不興)・呉(道子)の筆法を得た。国が亡びて宋に入り、宋の太宗が潜邸にあった時、文進はこれに依った。のちに翰林待詔を授けられ、まもなく相国寺を修めるにあたり、文進に命じて高益の旧本に倣って西廡変相を画かせ、および太一宮・寿寧宮・啓聖院・開宝塔の下の諸画壁は、みな旨に称い、画院の諸臣は多くこれを宗とした。