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十国春秋卷五十五 後蜀八 列傳 髙諷
羅城を返せ
高諷という者は、自ら太尉高駢の後裔であると称し、前蜀の時にはすでに両川に流寓していた。性格は物事に逆らうことが多く、官を求めるたびに叶わないと、いつも人々に「どうして私に羅城を返さないのか」と言って回った。羅城はもと高駢が築いたものである。その後、高祖・後主に仕えて顕官となり、広政の末、後主に従って宋に降り、太府卿に除せられた。
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