十国春秋卷五十一 後蜀四 列傳 袁彦超

袁彦超

袁彦超は水戦を善くし、高祖の帳下に隷して左飛棹指揮使となった。張武が峡江を征する際、彦超は実にその副となった。まもなく武が渝州で死ぬと、高祖はすぐに彦超に命じてその衆を代わりに統べさせた。水軍の雄たること、蜀人は彦超を最とした。

史論

論じて言う。宏実は循謹にして沈毅、公鐸は剛勇にして清厳、将相の位はこれをもって沗しからずと言うべきである。福誠は奇をもって勝を制した、ほとんど孫呉の遺法を得た者と言うべきであろうか。武漳以下はみな和陵(高祖)に従い龍に従った将士であり、済済として賢多く、一長は録するに足り、固よりこれを節取して篇に著すことができる。