十国春秋卷四十七 前蜀十三 列傳 楊勛
生涯
- 楊勛は、その家世を知らない。自ら「僕射」と号し、空中に自然還丹を請うことができ、その丹はたちまち降った。また九天玄女・后土夫人を召し、一晩を経て去らせることができた。
- 後主はその妖妄(妖しく道理に合わないさま)を理由にその片足を折って西市で処刑した。命が尽きようとする時、詩を詠んで国を失うことを言い当てたが、数年もたたぬうちに国は果たして滅んだ。
- 唐の明宗の朝に術士の楊遷という者があり、よく鬼神を使い、触れるものを変化させることができたが、まもなく誅殺された。これは楊勛の従子(甥)である。