生涯
- 馬處謙は扶風の人である。幼くして病により盲目となり、安陸の市中で占筮を鬻いでいた。
- ある占いを乞う者が突然進み出て、馬處謙に「あなたの占いはまだその妙に至っていない。どうか私から秘法を受けてはどうか」と言った。馬處謙は「はいはい」と答えてついて行き、陶仙観に至って密かに星算(星占い)の秘訣、およそ十七行を授けられた。
- その占いを乞うた者の氏籍(氏名籍貫)を尋ねたところ、「姓は胡、名は恬という」と答え、さらに戒めて「あなたには官禄があり、五十二歳で終わる。慎んで王侯の門で私のことを語ってはならない」と言った。馬處謙はこれ以来、占易に極めて精通するようになった。
- まもなく趙匡明に従って蜀に来た。高祖はその名を聞き知り、密かに廣成先生杜光庭に命じて寿命がどれほどかを尋ねさせた。馬處謙は「主上は元陽の気を四斤八両お受けになっている」と言った。高祖は後に七十二歳で崩じたが、これは数を計算すると七十二両になるということである。
- 馬處謙は官が中郎にまで累進し、金紫(金印紫綬)を賜った。年五十二にして卒した。