十国春秋卷四十四 前蜀十 列傳 張蠙

生涯

  • 張蠙、字は象文、清河の人である。唐の乾寧年間(894~898)に進士に及第し、校書郎・櫟陽県尉を歴任し、犀浦令に遷った。
  • 高祖が開国すると膳部員外郎を拝したが、その後出て金堂令となった。
  • 後主が即位すると、太后に随行して大慈寺に遊んだ際、壁間の題句に「墻頭の細雨、纎草を垂らし、水面の回風、落花を聚む」とあるのを見て、太后は深く感心し、寺僧に問うた。僧が張蠙のものであると答えると、そこで霞光牋五百幅を賜って、その作った詩を写して進上させた。張蠙は篋(箱)の中から二百章の詩を集めて献上した。
  • 後主はこれを善しとし、知制誥に召そうとしたが、内侍の宋光嗣が張蠙の軽々しく傲慢なところを理由にこれを阻止し、ただ白金を賜って労をねぎらったに留まった。
  • 張蠙は生まれつき聡明で、性来詩を作ることを好んだ。咸通年間(860~874)、張喬・許棠・喻坦之・劇燕・任濤・呉宰・周繇・鄭谷・李棲遠・温憲・李昌符とともに「十哲」と称された(十哲は本来十二人である)。
  • 幼少の頃、「白日は地中より出で、黄河は天上より来る」という句を作り、大いに当世に称賛された。