十国春秋卷四十四 前蜀十 列傳 楊義方

生涯

  • 楊義方は眉山の人である。若くして進士の科に挙げられ、その後蜀に戻って高祖に仕え、秘書郎となった。
  • 性格は強毅で、詩を吟ずることに長け、自ら才は羅隠に勝ると称した。かつて春の詩に「海辺の紅日は半ば水を離れ、天外の暖風は軽く花を利す」の句があり、当時の人々に称賛された。
  • 後主の時代、九頭鳥が成都に現れ、楊義方は詩を作って「好し羽毛を惜しんで鬼窟に還れ、災害を蒼生に留むる莫れ」の句を詠んだ。宋光嗣はこれが自分を風刺していると疑って恨みを抱き、上奏して沈黎に譴責(左遷)させた。