十国春秋卷四十四 前蜀十 列傳 庾傳昌
生涯
- 庾傳昌は義成の人で、北周の庾信の後裔である。文藻に富み著述を得意とし、永和府判官から起家し、累進して中書舎人・翰林学士となった。
- 『玉堂集』二十巻、『青宮載筆記』二十巻、『金行啓運録』二十巻を著した。通正元年(916)に卒した。
- 庾傳昌の文才は敏捷で豊かであったが、冗雑に流れるきらいがあった。
- 中書舎人であった時、宰相張格を訪ねたが会うことができず、庾傳昌は怒って帰り、啓事(上申書)を書き上げた。その分量はおよそ数千字に及び、これを謁者(取次役)に投げつけて去った。
- 後日、張格は朝士に語って「庾舎人が見せてくれた長い書状は、なかなか得難いものだ。しかし、以前彼が角觝(相撲)についての牒(文書)を書いた時も、言葉が動くと数幅にも及んだと聞いている」と言った。これは彼が要点を欠く無駄な文章を書くことをそれとなく譏ったものである。