十国春秋卷四十四 前蜀十 列傳 王保晦

生涯

  • 王保晦は閬州の人である。もとより文才に優れていたが、格式ばった体裁には全くこだわらず、その言葉遣いは明快で分かりやすく、人の意向をよく汲み取ることに長けていた。
  • 高祖は彼を幕府に辟召し、馮涓とともに掌書記とした。
  • 当時、岐王李茂貞は王超を用いており、その牋奏(上奏文)は言葉が巧みで弁が立った。高祖はこれを大変愛好し、しばしば王保晦をこれと並べ「二王」と称した。
  • 武成年間(908~910)には翰林学士承旨の官にあったが、光天元年(918)、宦官唐文扆に付和したことに連座して官職を奪われ、瀘州に流された。後主が即位すると誅殺された。