十国春秋卷四十三 列傳 張士喬

張士喬

  • 張士喬は乾徳の初め、華陽県尉の官についた。この時、髙祖の原廟(先祖を祀る別の廟)を万歳橋に立て、後主は后妃百官を率いてこれを祭ったが、祭祀に鼓吹の楽や卑俗な供え物を用いたので、士喬は「礼にかなわぬ祭りは先帝もお受け取りにならないでしょう」と上疏して争った。後主は大いに怒り、士喬を誅そうとしたが、順聖太后が力を尽くして諫めたため免れ、職を奪われて黎州に流された。まもなく水に身を投げて死んだ。