十国春秋卷四十三 列傳 林思諤

林思諤

  • 林思諤は、その家系は分からない。人となりは柔順で、人の意を察するのに巧みであった。乾徳年間、閬州団練使の官についた。この時、後主が北を巡行し、思諤は利州で拝謁して自らの治める地への行幸を願い出た。後主はそこで川を下って舟を浮かべ、彩り豊かな画舸・彩舟が延々と連なった。閬中は騒然となったが、これは実に思諤が禍のきっかけを作ったものであった。まもなく長直軍馬使に充てられ、さらに昭武軍節度使に任じられて利州を守り唐に備えたが、唐の将李紹琛が利州に至って桔柏梁を修めると、思諤は先に城を棄てて閬州に逃げ、ついに使者を遣わして魏王李繼岌のもとに降った。