十国春秋卷四十三 列傳 王暉
王暉
- 王暉は髙祖の時代、たびたび戦功を挙げ、後主が即位すると集州刺史の官についた。集州はもとより水源に乏しく、折しも岐の兵が城を急襲して水路を断ったので、城は朝夕にも落ちようとしていた。暉は夜中に神に祈ったところ、ふと一人の老人が「州の獄舎の下にきっと霊泉が湧き出ているはずだ」と告げる夢を見た。暉は驚いて目覚め、夜明けを待たずに急ぎ人にその場所を掘らせたところ、果たして泉を得、これを引いて活を得た者は非常に多かった。岐の兵は当初、暉の軍の水が絶えたと見て、じっと座して兵が滅びるのを待っていたが、暉が城の上で水を汲んでこれをまき散らせると、みな驚き怪しんで囲みを解いて去った。まもなく秦州節度使に遷り、国が亡ぶと唐に入って陵州刺史となり、後に董璋を攻め殺して孟氏(後蜀)に降り、長く経てのち咸陽で老いを終えた。