十国春秋卷四十一 列傳 李紘

李紘

  • 李紘は高祖に仕えて将作監となった。梁の太祖が没すると、紘に汴州に赴いて弔問させることを命じた。これより先、梁の使者が来朝した際、その印には「大梁入蜀」の文字が刻まれていたが、このとき蜀もまた印を鏤って「大蜀入梁」の印とした。紘には応対の才があり、国人はその使命を辱めなかったことを大いに称えた。

史論

  • 論じて言う。鄭頊は文藻壮美で応対に余裕があり、潘岏は三杯を重ねてもなお悠然として酔いに乱れることがなかった。いずれも皇華(使者)の任に選ばれるにふさわしい者である。李紘の隣国への弔問における振る舞いも、驕らず卑しまず、要するに前の二人に恥じないものであった。