十国春秋卷四十 列傳 張劼
張劼
- 張劼は初め高祖に仕えて牙校となった。高祖が成都に入ったとき、劼を都虞候に任じ、軍士に戒めて言った。「私はすでに張劼を虞候に任命した。お前たちはその命令を犯すな。もし劼がお前たちを捕らえて私のもとへ連れてくれば、私はなおお前たちを生かしておくが、もし劼が殺してから報告するようなことになれば、私もそれを咎めることはできない。」成都に入ると、軍士が略奪を働いたので、劼は百人を殺してようやくこれを止めた。後に官を重ねて眉州刺史となって卒した。武成元年、張造らとともに追贈を加えられた。
- 劼は人となり勇敢果断で強情、殺戮を好んで行い、常に人の胸を鞭打つのを常としていた。眉州を治めていたとき、容色明媚で聡明な女僧がいて『無量寿経』を講じていたが、劼はこれを凌辱しようとした。女僧は死をもって拒み、それゆえに劼を詬り罵った。劼は彼女の歯を折らせた。□(底本原文「與父同況於蟇頥津」の一節は文意が明瞭でなく、父に関わる何らかの逸話を指すとみられるが詳細不明のまま底本のとおり記す)。その暴虐なことはこのようであった。