十国春秋卷三十八 前蜀四 列傳 普慈公主

普慈公主

  • 普慈公主は髙祖の娘である。幼くして敏慧で、髙祖はことのほかこれを憐愛した。天復の時、岐王は判官趙鍠を遣わして来聘させ、その従子である継崇のために婚を求め、髙祖はついに公主をこれに嫁がせた。導従(嫁入りの供)は鮮麗で、相い望むこと千里に及んだ。しばらくして継崇は驕矜で酒を嗜み、公主に対して無礼が多かった。公主は宋光嗣を遣わし帛書をもって髙祖に還ることを求めた。髙祖はそこで后が薨じたと詐(いつわ)って言い、駅馬を馳せて公主を召して哭臨させた。永平元年、公主は成都に至り、これを留めて帰さなかった。岐王は怒り、ついに髙祖と交悪した。青泥嶺の戦いは実に公主がその発端を啓いたものである。