十国春秋卷三十一 南唐十七 列傳 陳彭年
幼学と宋での栄達
- 陳彭年は字を永年といい、撫州南城の人である。父の省躬は鹿邑令であった。彭年は幼くして学を好み、母はただ一人の子であったので大いにこれを愛し、その夜の読書を禁じた。彭年は密室で灯篭に灯をともし母に知られないようにした。十三歳で『皇綱経』万余言を著し、名だたる人々に賞された。後主はこれを聞いて宮中に召し入れ、幼子の仲宣とともに遊ばせた。
- 金陵が陥ちると、彭年は徐鉉に師事して文を学び、宋の太平興国中に進士に挙がった。のちに王欽若・丁謂に附いて仕え兵部侍郎に至った。事は『宋史』に具(つぶさ)に記されている。大中祥符九年に卒した。彭年は博聞強記であり、著した文集百巻、『唐紀』四十巻、『江南別録』若干巻がある。