十国春秋卷二十九 南唐十五 列傳 龔氏二女
要約
龔氏二女は、南唐末の歙州刺史龔慎儀の娘たちである。父の慎儀は、金陵陥落後もなお降伏せず独り抵抗を続けていた将の盧絳が、南に閩を頼ろうとして歙州を通りかかった際、城門を閉ざしてこれを拒んだために激怒した盧絳に殺害された。国が既に亡んでいたなかで、地方の一守将としてなお節を守り抗った末の非業の死であった。
父を失った二人の娘はそのまま盧絳の軍に掠われて連れ去られ、はるか邵武の王堂香厳寺まで移送された。盧絳が酒を並べて心をゆるめ、恣に飲んで油断している隙をついて、姉妹は寺の裏手にある小さな塚のほとりの木にみずから縄をかけ、辱めを受けるより先に貞節を守って命を絶った。
後の人々はその潔い死を悼み、二人が縊死した場所を「烈女台」と名づけて長く記念し、往来する者はその名を聞いて姉妹の最期をしのんだという。他の忠臣・烈女たちの列伝と並べて置かれたこの記述は、父の仇に囚われの身とされながらも辱めを拒み、自ら死を選んだ姉妹の節義を、南唐滅亡期の数多い悲劇のなかの一つの物語として後世に書き留めたものである。
現代語訳全文
節を守った死
- 龔氏二女は、父の慎儀が盧絳に殺された(事は慎儀伝に見える)。二女は掠われて連れて行かれ、邵武の王堂香厳寺に至った。絳が酒を置いて恣に飲んでいるうちに、二女はそのまま寺の後ろの小墩で縊死した。後人はその場所を名づけて「烈女台」といった。