十国春秋卷二十九 南唐十五 列傳 朱弼

廬山国学の粛清

  • 朱弼は字を君佐といい、建州の人である。明経に挙がり第一となり、国子助教を授けられ廬山国学を知った。盧絳・蒯鼇・諸葛濤は飲博(酒色・博打)にふけり不逞であったが、諸生や学官は依違して誰も問い糾す者がいなかった。弼が着任するに及び、すべて礼法をもって律し、堂に上って講説すると座下は粛然となり、絳らも恥じ入って服し身を引いた。生徒は四方から来る者が平時の数倍となった。
  • 国が亡んで宋に帰し、衡山主簿に補せられ、任期が満ちると南嶽令となることを求め、卒した。