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十国春秋卷二十七 南唐十三 廖澄
生涯
廖澄は順昌の人である。少い時から忠義を負い、梁の開平二年(908年CE)に進士に挙げられたが、邅迍(不遇)として顕れなかった。烈祖の時、南に奔り、累進して大理評事に至った。宋の曹彬が金陵を包囲すること急であった時、校書郎林特が澄に同降を勧めたが、澄は「私は久しく唐に仕えており、君臣の義は廃すことができない」と言い、あらかじめ身後の事をもって蒼頭(下僕)を遣わして城が陥落したことを報告させ、従容として着替えて毒を仰いで死んだ。
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