十国春秋卷二十七 南唐十三 段處常
生涯
- 段処常はその郷里・家世を失っている。保大中、兵部郎中となった。周が淮南を侵すと、元宗は処常に海を渡って契丹に使いさせ援軍を乞わせた。処常は契丹のために利害を陳べ甚だ弁が立った。契丹は本国と通じていたとはいえ、ただ虚辞を持して南方の茶薬・珠貝を利とするだけであった。これに至って全く出師の意は無く、処常を留めて遣わさなかった。処常はその信の無いことを怨み、国事に死を誓い、しばしば面と向かって契丹主を誚った。契丹主もまたその言葉を恥じ、これを優容した。処常は病でその地で卒した。
史論
論じて言う。潘佑はしばしば国の姦を疏して、ついに讒によって死んだ。あるいはその狂によって身を殞したというのは何故であろうか。廖居素は井に沈んで命を致し、趙仁澤は口を抉られても撓まず、段処常は遐陬(遠い辺境)で死を誓った。要するに皆忠と言うべきである。