経歴
- 陳起、蘄州の人である。性質は剛直で、とりわけ妖しい異端を憎んだ。昇元の頃、進士として身を起こし黄梅令となった。当時、県境の独木村に妖人の諸佑という者がいた。邪法を挟み、自ら数世代肉を食べていないと称し、富める者を貧しくし貧しい者を富ませることができると言ったので、俚民はしだいにこれに従った。初め数十人の徒弟がいたが、数年重なると、従う者は数百人に及び、男女の別なく「行辱」と号した。夜に行動し昼は隠れ、盗みによって資財を得、互いに佑には神通力があり、虚空に昇り水火に入ることができると言い触らしたので、州県もこれを畏れてあえて咎めなかった。
- 起が官に着任すると邑人はこぞって祝賀に来たが、佑だけは横柄な態度で来なかった。起はそこで戸籍を調べて佑を里正に取り立てようとしたが、佑はこれに服さず、傲慢に「私は令の首を斬ってやる」と言った。起は巡検使の周鄴に告げ、兵を出して佑らを捕らえさせ、豚の血を浴びせたところ、佑はついに神通力を発揮できなかった。皆捕縛され、その家を捜索すると、輿や服飾器物が見つかったので、そこで斬った。鄴はその婦女子供を宥そうとしたが、起は「これらはみな人倫を乱しており、その子孫を残してはならない」と言い、そこで併せて斬った。起はこれによって知られ、官は監察御史に至って卒した。