十国春秋卷十九 列傳 清源郡公仲㝢

清源郡公仲㝢

  • 仲㝢は字を叔章といい、後主の長子である。文藝があった。初め清源郡公に封ぜられた。国が亡んで北遷し左千牛衛大將軍を授けられた。後主の喪に居って哀毀すること制(礼の定め)を逾えた。喪が終わると積珍坊の第一区を賜った。久しくして自ら「一族は大きいのに家は貧しい」と言い、郡を治めることを求めて郢州刺史を拝した。郡を治めるに寛簡(寛容簡素)を以て称された。淳化五年八月に薨じ、汴京に葬られた、享年三十七。子の正言は学を好んだがまた早く卒した。後主の後(血筋)はついに絶えた。