种氏
- 种氏は名を時光といい、江西の良家の女である。性は警悟(利発)で書計に通じ、常に靚粧(薄化粧)を靚(ととの)え去飾(飾りを取り除くこと)して態度は閒雅で、宛然として神仙のようであった。年十六で宮に入り楽部に隷した。まもなく幸せられ景逷を生んだ。烈祖は禅を受けた後に得た子として甚だこれを愛した。种氏の寵はいよいよ盛んになり夫人に封ぜられた。烈祖は性が厳重で、常に大いに怒れば声は乳虎のようで、殿陛の金環も震動するほどで、左右はみな喪胆褫魄(肝をつぶし魂を失う)した。种氏は左手に食を持ち右手に匕(さじ)を進め、従容として平時のようにすると、烈祖の怒りもまた頓(にわか)に解けた。ある日、烈祖が齊王(元宗)の宮に幸して王がちょうど楽器を弄んでいるのに遇い、大いに怒って切に責めること数日に及んだ。种氏は寵を負んで間を伺って景逷が齊王に才は勝ると言った。烈祖は正色して「子に過ちがあれば父がこれを教えるのは常理である、なぜあえてそのようなことを言うのか」と言い、殿を叱り下ろさせ簪珥(かんざしと耳飾り)を去らせて別宮に幽閉し数ヶ月、尼に度させることを命じた。景逷への愛もまた終に烈祖の世を通じて薄れ、独り封爵を加えられなかった。烈祖が崩じると种氏は泣いて「人彘(人豚、呂后が戚夫人を虐待した故事)の骨の酔いを、再びここに見ることになった」と言った。元宗が即位すると景逷は初めて保寧王に封ぜられ、种氏が景逷の宮に居って養われることを許され、王太妃に進封された。元敬皇后は旧怨を挟んで屢々恨みを晴らそうとしたが、元宗の力によって解かれ、ようやく免れた。ついに壽(天寿)をもって終わった。