李攻
- 李攻は天祐年間、舒州の倉官であった。自ら語るところによれば、若い頃病を患ったことがきっかけで鬼を見るようになり、人のために禍福を語ってしばしば的中させたという。
- 高祖が即位した初め、大将の張顥が廃立の権を握り、その威勢は内外を震わせていた。
- 李攻はある時、鬵山の司命真君廟に宿泊していたが、翌日、道士の崔綽然らと連れ立って出発した。数歩ほど進んだところで、突然立ち止まり、同行の者たちを道の脇の大木の陰に隠れさせ、こう言った。「先ほど、ある人が非常に厳重な枷をかけられ、吏卒数十人に護送されているのを見た。これはきっと真君によって取り調べられ召し出されるのだろう。誰かと尋ねたところ、しばらくしてから『張顥だ』と答えた。」
- ひと月も経たぬうちに、張顥は果たして誅殺された。
- 左雄武統軍の李宗が開元寺を造営し完成させたとき、寺中に文武百官と僧道を大いに集めて会を催した。会が終わると、李攻はまた崔綽然に言った。「先ほど二人の吏が座中の客を捕らえて連れ去った。あの人はもう長くはないだろう。」その容貌や衣服を語ると、それは団練廵官の陳絳であった。
- まもなく、陳絳は急死した。その霊験はみなこの類であった。