十国春秋卷十二 列傳 董紹顔

董紹顔

  • 董紹顔は人を見極める能力に優れていた。かつて鄂州節度使の李簡のもとを訪れたとき、李簡が息子たちを呼び出して見せた。当時、頭を丸めた小さな子供の何敬洙が側に控えていたが、紹顔は「息子たちは皆功名を成すでしょうが、あの丸頭の子ほど貴くはなれないでしょう」と言った。後に何敬洙は次々と節鎮を授けられ、当時の名将となった。
  • 徐温が潤州を鎮めていたとき、紹顔に牙内の将校を残らず見させたところ、藍彦思という者がいた。紹顔は遠くから彼に向かって「お前がもし多くを語れば、あるいは的中することもあろう」と言った。さらに「あなたは何も言うな。郎君(あなた)は善き最期を遂げる者ではない」と言った。
  • 彦思は「軍校が刃にかかって死ぬのは、私の職務です」と言った。紹顔は「お前ははたして刃で死ぬことを好むのか」と言った。
  • まもなく州で火災が起こり、牙兵たちは大量に木桶を作って水を貯えたが、軍人たちはその桶と刀を持って乱を起こし、彦思はついにこの災難で死んだ。