十国春秋卷九 列傳 盧蘋

唐の莊宗に応対して名を上げる

  • 盧蘋は洛陽の人である。博学にして応対をよくし、官を歴任して司農卿に至った。
  • 順義三年、唐が梁を滅ぼしたことを告げてきたので、睿帝は盧蘋に命じて唐に使いさせた。厳可求はあらかじめ唐朝の問うであろうことを推し量り、密かに数事を書いて授けて行かせた。
  • 最後にはさらに「黒雲都の長剣の多少」および「五十指揮使が都下にあるか」等の条項が頻りに至ったが、唐はことごとく厳可求の記した順序どおりであったので、唐の莊宗は大いに喜び、餽賚(贈り物)を加増して盧蘋を帰らせた。
  • 盧蘋は帰って「唐主は遊猟に荒み、財を惜しんで諫めを拒み、内外がみな怨んでいる。数年を出ずして亡ぶであろう」と言い、ほどなく果たして盧蘋の説いたとおりになった。