十国春秋卷九 列傳 楊彦伯
旅宿の占い符合す
- 楊彦伯は新淦の人である。唐の時、童子科に及第し、ほどなく昭宗に従って鳳翔に至ったが、逃れて郷里に還った。吉州刺史の彭玕はこれを厚遇し、しばしば県邑を摂させた。
- 天祐中、江西が平定されると、楊彦伯は高祖に仕え、官を重ねて戸部侍郎に至った。睿帝の時、臨軒(正殿に出御)して斉王知誥に策命を下すにあたり、詔して楊彦伯に門下侍郎の行事を摂させた。
- 初め、楊彦伯が長安で選(官吏登用の詮衡)に謁しようとしたとき、ある夕方、華陰の旅舎に至ると、そこの店の老婆はこれから来ることの吉凶をよく知るという者であった。楊彦伯が出発しようとして、ふいに履いていた靴を失い、童僕を詰責してひどく喧しくしていると、老婆が言った。「まさに旅立とうとして靴を失うとは、事はうまくいかないでしょう。都には乱があり、あなたはあまねく多くの艱難を経験することになりますが、あなたの爵禄はみな江淮にあり、官は門下侍郎に至るでしょう」と。
- 楊彦伯はまだこれを信じなかったが、この時に至ってその言葉を思い出し、悶々として楽しまず、数か月にして卒した。