十国春秋卷六 列傳 李濤
李濤
- 李濤は趙州の人である。太祖の時、濤を署して牙将とした。秦彦が太祖を攻めた際、軍勢は非常に盛んで、親校の李宗禮は衆寡が敵わないことを理由に塁を堅く守って自守し、ゆっくりと帰還を図るべきだと進言した。
- 濤はその時軍中にあり、怒って言った、「我らは順をもって逆を討つのだ。どうして衆寡を論じるのか。大軍がここに至ったのに、去ってどこへ帰ろうというのか。濤は所部を率いて前鋒となることを願う。必ずや公のためにこれを破ってみせよう」。太祖はその志を壮とし、多くの精兵を伏せて三重の伏兵をもってこれを待った。ついに彦の軍を破り、捕獲は数えきれないほどであった。これは濤の一言の力によるものであった。
- 天祐十年(913年)、招討使に任じられて呉越を臨安で攻めたが、戦に敗れて捕らえられた。順義元年(921年)、再び帰還し、右雄武統軍を授けられて卒した。