貞觀政要言葉を慎む(慎言語第二十二)

貞観二年:一言が百姓に及ぼす影響を思う

  • 太宗は「朝廷で一言を発する前に、それが百姓に利益があるかを必ず考える。だから多くを語らない」と述べ、給事中杜正倫は「君の一挙一動は必ず記録される。一言でも道理に反すれば千載にわたって聖徳を損なうだけでなく、当今の百姓にも害となる」と諫めた。太宗は大いに悦び綵百段を賜った。

  • (唐仲友の評より)杜正倫の一言が太宗の美点を伸ばしつつ過ちを正す両方の効果を持ったと評す。

編者按(戈直)

  • 『易』の「言は善なれば千里の外も応じ、不善なれば千里の外も違う」を引き、君主の言葉の重みを強調し、杜正倫の諫めが君道に深く関わると評す。

貞観八年:言葉は君子の枢機

  • 太宗は「言語は君子の枢機、軽々しく発すれば恥を招く。まして万乗の主が言を誤れば損なうところは甚大だ。隋の煬帝が甘泉宮で蛍を求め数千人を動員した些事も、大事の兆しであった」と語り、魏徴は「人君の過ちは日食月食のように誰もが見る」と応じた。

編者按(戈直)

  • 『易』の「言行は君子の枢機、栄辱の主」を引き、太宗の慎言の自覚と魏徴の日食月食の喩えが慎言慎行の両方を兼ねると評す。

貞観十六年:劉洎、弁論を好む太宗を諫める

  • 太宗が公卿と古道を語るたび詰難応酬を好んだことに対し、散騎常侍劉洎は「帝王と凡庶の懸隔は大きく、下は上の弁舌に応じきれない。老子の『大弁は訥の若し』、荘子の輪扁の故事、張良が漢の高祖の六国復興論を退けた故事を引き、天子が弁舌を誇れば秦の始皇帝や魏の文帝のように人心を失いかねない。多く語れば心気を損なう、浩然の気を養い簡素を旨とすべきだ」と上疏した。太宗は手詔で「近ごろ談論が煩多になり物を軽んじ人に驕っていたかもしれない、讜言を聞き虚心に改める」と答えた。

  • (張九成・唐仲友の評より)劉洎の剛直な諫めが太宗の智弁を誇る癖を正した点を評価しつつ、太宗の返答になお自負の気配が残ることも指摘する。

編者按(戈直)

  • 太宗が英雄の資質から「軽物驕人」の失に陥りやすかったことを認めつつ、諫めを聞いて改める姿勢を賢君の証と評す。