- 要旨: 鄭旻が、梁公による『人物志』再刻の意義を述べ、人物を知り材に応じて任用する同書の理想が、梁公の統治に実現していると称える。
『人物志』の価値
- 劉邵の『人物志』十二篇は、性質を弁別して中庸を基準とし、材品を選別して職任を定める。三代以後、人品を評する書としてこれを越えるものはない。
- 劉邵は漢末に生まれ、その論述は整然として荀卿・韓非の風致を持ちながら、一家の言を成した。「九徴」「八則」の説を孔子・孟子の観人法や唐虞の九徳と比べても、先人が発しなかった点を明らかにしている。後世に官を論じ材を弁じる者は知らずにいられない。
梁公による再刻
- しかし本書を見る者は少なく、脱落もあって読み難かった。大中丞で真定出身の梁公は、節鉞を持って中州を鎮め、赴任地で官吏に称えられ民を安んじた。そこで善本を求め、訂正を加えて宋郡で刻し、広く伝えようとした。
- 梁公は属吏に跋文を求め、鄭旻が巻末に一言を綴った。鄭旻は全書を読み終え、とりわけ「流業」「國體」「器能」の説を繰り返し味わい、その言葉に深い意義を認めた。
知人安民の実現
- 梁公は風俗を励まし、天下を正す計略と廟堂で勝つ謀略を備え、天・地・人の三材を兼ねる。群吏を用いる際も器に適する所へ配し、皆が力を尽くし才能を発揮して、怠ることがない。多様な材を総合して用いる境地に達している。
- 後に政権の枢要を担えば、官が本分を変えずに太平が成るだろう。『人物志』の説く知人安民の道が梁公によって実現するのを、みずから見ることができると期待する。
- 隆慶六年壬申(1572年)仲夏、刊刻の完成に際し、歸徳府知府で掲陽出身の鄭旻が、固陋を顧みず年月を記した。これは梁公への佞言ではないと読者に断っている。